第77回 午後 63

理工学・放射線科学

中性子と物質との相互作用で正しいのはどれか。

  1. 熱中性子では相互作用は生じない。
  2. 物質の軌道電子との相互作用が主である。
  3. 減速材として高原子番号の物質が用いられる。
  4. 中性子捕獲断面積は中性子の速度に比例する。
  5. 速中性子は物質の厚さとともに指数関数的に減少する。

出典:厚生労働省公開PDF(令和7年版)


5.速中性子は物質の厚さとともに指数関数的に減少する。


解説

✔ 中性子とは?:電荷ゼロの「すり抜け粒子」 🎱

  • X線や電子、陽子などは全て、電気的な性質(電荷)を持っています。しかし、中性子はその名の通り、電荷がゼロです。 これが最大のポイントです。
  • 電荷がないため、中性子は原子の周りを回っている軌道電子(マイナスの電荷)を全て無視して、原子の中をすり抜けて進むことができます。

✔ 中性子の相手は「原子核」だけ

中性子が相互作用する唯一の相手は、原子の中心にある「原子核」です。 中性子の相互作用は、「中性子というビリヤードの玉が、原子核という別の玉に、いかに衝突するか」というゲームだとイメージすると、すべての選択肢が理解できます。


✔ 各選択肢について

1.熱中性子では相互作用は生じない。

  • 誤り
  • 熱中性子とは「遅い中性子」のことです。ビリヤードの玉がゆっくり転がると、相手の玉の近くにいる時間が長くなり、引力(核力)によって捕獲されやすくなります。 逆に、速い中性子は一瞬で通り過ぎるため、捕獲されにくいです。

2.物質の軌道電子との相互作用が主である。

  • 誤り
  • 中性子は電荷ゼロのすり抜け粒子なので、軌道電子とは電気的に反発も引き合いもせず、相互作用しません。相手は原子核だけです。

3.減速材として高原子番号の物質が用いられる。

  • 誤り
  • 中性子を効率よく「減速」させる(=エネルギーを奪う)には、自分と似た重さの玉にぶつけるのが一番です。軽い玉(中性子)が軽い玉(水素の原子核など)にぶつかれば、エネルギーが大きく移動し、中性子は強く減速します。軽い玉(中性子)重い玉(鉛など高Z原子核)にぶつかっても、ほとんどエネルギーは移動せず、自分だけが跳ね返されます。 よって、減速材には水素を多く含む水やパラフィンが使われます。

4.中性子捕獲断面積は中性子の速度に比例する。

  • 誤り
  • 選択肢1の通り、「遅い中性子」ほど捕獲されやすいため、捕獲断面積(相互作用のしやすさ)は、中性子の速度に「反比例」します。

5.速中性子は物質の厚さとともに指数関数的に減少する。

  • 正解
  • 物質の中を進む中性子は、原子核との衝突(散乱や吸収)によって、だんだん数が減っていきます。この数の減少の仕方は、X線やγ線が物質を透過する際と同じ指数関数的な減衰に従います。

出題者の“声”

この問題の狙いは、「中性子は、電荷を持たない特殊な粒子であり、その相手は原子核である」という、放射線の中でも異端児としての性質を、正確に理解しておるかを問うことにある。

多くの学生が、X線や電子の知識(電荷があり、電子と相互作用する)と混同して、2番や3番を選んでしまう。

  • 中性子 = 電荷ゼロ = 相手は原子核
  • X線・電子 = 電荷あり = 相手は軌道電子

この大原則の対比こそが、放射線物理の骨格じゃ。 そして、5番の指数関数的減少は、X線、γ線、中性子と、全ての放射線に共通する減弱の基本形。これも絶対に押さえておくべきじゃ。


臨床の“目”で読む

ーなぜ放射線技師が中性子を学ぶのか?ー

この知識は、最先端の放射線治療や、放射線防護の実務に直結しています。

  1. BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)の原理
    • この治療法は、まさに「遅い中性子(熱中性子)は、捕獲されやすい」(選択肢1, 4の応用)という性質を利用しています。
      • 1.がんに集まるホウ素(¹⁰B)薬剤を投与。
      • 2.体外から熱中性子を照射。
      • 3.ホウ素が熱中性子を捕獲し、その場でα線などの強力な粒子線を放出して、がん細胞だけを内部から破壊します。
  2. 放射線防護(遮蔽)への応用
    • 高エネルギーのX線を使うリニアック室では、副作用として中性子が発生します。 中性子は鉛(高Z)では減速しない(選択肢3の応用)ため、遮蔽扉や壁に、水素を多く含むコンクリートやポリエチレン(パラフィン)を使い、まず「減速」させてから、吸収する必要があります。

今日のまとめ

  1. 中性子は電荷ゼロ軌道電子とは相互作用せず、原子核とだけ相互作用する。
  2. 中性子の数は、物質の厚さとともに指数関数的に減少する。(X線やγ線と同じルール)
  3. 中性子を「減速」させるには、軽い原子核(水素など)が有効(=減速材)。
  4. 中性子は「遅い」ほど原子核に捕獲されやすいため、相互作用は速度に反比例する。
  5. この性質は、BNCT中性子遮蔽といった臨床現場で応用されている。

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