中性子線に対して定義されている量はどれか。2つ選べ。
- 飛程
- カーマ
- 照射線量
- 線エネルギー付与
- 質量エネルギー吸収係数
出典:厚生労働省公開PDF(令和7年版)
2. カーマ,5. 質量エネルギー吸収係数
解説
✔ 中性子の個性:電荷ゼロ、相手は「原子核」
この問題を解く鍵は、中性子の最も重要な「個性」を理解することです。 X線、γ線、電子(β線)、陽子(α線)はすべて、電気的な力(クーロン力)で物質と相互作用します。 しかし、中性子はその名の通り、電荷がゼロです。
電荷がゼロであるため、中性子は原子の周りを回っている軌道電子(マイナスの電荷)を全て無視して、原子の中をすり抜けて進むことができます。
中性子が相互作用する相手は、原子の中心にある「原子核」だけです。中性子は原子核に衝突(散乱)したり、捕獲されたりします。
✔ なぜ、X線で使う「量」が使えないのか?
- 照射線量
- 使えない。照射線量は「放射線が空気中でどれだけ電離(イオン化)させたか」を測る量です。中性子は電荷ゼロで、電子を無視するため、直接電離を起こしません。したがって、照射線量という概念自体が成り立ちません。
- 飛程
- 使えない。飛程は、α線やβ線のような荷電粒子が、電子と連続的に衝突してエネルギーを失い、最終的に止まるまでの距離です。中性子は電子と相互作用しないため、この定義は当てはまりません。
- 線エネルギー付与 (LET)
- 使えない。LETも荷電粒子が、通り道にどれだけエネルギーを与えたかを示す量です。中性子(非荷電粒子)には定義されません。
✔ では、中性子にはどの「量」を使うのか?
- カーマ
- 中性子は、原子核に衝突して、その原子核(例: 水素の原子核=陽子)をはじき飛ばします。このはじき飛ばされた陽子は荷電粒子であるため、ここから二次的に電離が起こります。 カーマとは、中性子のような非荷電粒子が、物質に衝突して「新たに生み出した荷電粒子に、どれだけ運動エネルギーを与えたか」を示す量です。中性子による線量評価の第一段階として、非常に重要な量です。
- 質量エネルギー吸収係数
- これは、放射線(X線、γ線、中性子など)が物質を通過する際に、どれくらいの割合でエネルギーが吸収されるかを示す「吸収のしやすさ」を表す係数です。これは非荷電粒子全般に定義されるため、中性子にも当然定義されます。
✔ 各選択肢について
1. 飛程
- ❌ 誤り
- 荷電粒子に定義される量です。
2.カーマ
- ✅ 正解
- 中性子のような非荷電粒子が、物質に衝突して生み出した荷電粒子に与えた運動エネルギーを示す量です。
3.照射線量
- ❌ 誤り
- 中性子は直接電離を起こさないため、電離量(電荷)を基準とする照射線量は定義できません。
4.線エネルギー付与
- ❌ 誤り
- 荷電粒子に定義される量です。
5.質量エネルギー吸収係数
- ✅ 正解
- 中性子が物質にエネルギーを与える割合を示す係数として定義されます。
出題者の“声”

この問題の狙いは、「中性子は非荷電粒子である」という一点に尽きる。この大原則さえ分かっておれば、全ての選択肢が解けるように作ってある。
- 非荷電粒子だから → 電子と相互作用しない → 照射線量、飛程、LETは使えない
- 原子核と相互作用し、二次的に荷電粒子(陽子など)を生み出す → そのエネルギーを測るカーマが使える
学生が最も混乱するのが、「照射線量」と「カーマ」の違いじゃ。「照射線量」はX線・γ線専用の古い概念、「カーマ」はX線・γ線・中性子の全てに使える、より現代的な概念。
この違いを理解しておくことが重要じゃ。
臨床の“目”で読む

ーなぜ放射線技師が中性子の「量」を区別して知る必要があるのか?ー
この知識は、最先端の放射線治療や、高エネルギー装置を扱う際の放射線防護に直結します。
- BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)の原理
- BNCTは、中性子の「原子核としか反応しない」性質を究極的に利用した治療法です。がん細胞に取り込ませたホウ素(¹⁰B)の原子核に、中性子をピンポイントで衝突させ、核反応を起こさせます。この治療の線量計算は、まさに中性子のカーマや質量エネルギー吸収係数を基に行われます。
- 高エネルギーリニアックの遮蔽
- 高エネルギーX線(10MV以上)で治療を行うと、副作用として中性子が発生します。中性子は鉛(X線遮蔽)では止まりにくいため、治療室の扉や壁には、水素を多く含むコンクリートやポリエチレンが使われます。このような中性子防護の設計・管理においても、カーマという量が用いられます。
今日のまとめ
- 放射線の「量」は、粒子の種類(荷電 or 非荷電)によって、定義できるものとできないものがある。
- 中性子は電荷ゼロのため、軌道電子と相互作用しない(原子核とだけ反応する)。
- この性質により、照射線量、飛程、LETといった「電子との相互作用」を前提とする量は、中性子には定義できない。
- 中性子に定義できる量は、二次的に生じた荷電粒子へのエネルギー付与を表す「カーマ」や、吸収のしやすさを表す「質量エネルギー吸収係数」である。



コメント