第77回 午後 68

理工学・放射線科学

中性子線に対して定義されている量はどれか。2つ選べ。

  1. 飛程
  2. カーマ
  3. 照射線量
  4. 線エネルギー付与
  5. 質量エネルギー吸収係数

出典:厚生労働省公開PDF(令和7年版)


2. カーマ,5. 質量エネルギー吸収係数


解説

✔ 中性子の個性:電荷ゼロ、相手は「原子核」

この問題を解く鍵は、中性子の最も重要な「個性」を理解することです。 X線、γ線、電子(β線)、陽子(α線)はすべて、電気的な力(クーロン力)で物質と相互作用します。 しかし、中性子はその名の通り、電荷がゼロです。

電荷がゼロであるため、中性子は原子の周りを回っている軌道電子(マイナスの電荷)を全て無視して、原子の中をすり抜けて進むことができます。

中性子が相互作用する相手は、原子の中心にある「原子核」だけです。中性子は原子核に衝突(散乱)したり、捕獲されたりします。

✔ なぜ、X線で使う「量」が使えないのか?

  • 照射線量
    • 使えない。照射線量は「放射線が空気中でどれだけ電離(イオン化)させたか」を測る量です。中性子は電荷ゼロで、電子を無視するため、直接電離を起こしません。したがって、照射線量という概念自体が成り立ちません。
  • 飛程
    • 使えない。飛程は、α線やβ線のような荷電粒子が、電子と連続的に衝突してエネルギーを失い、最終的に止まるまでの距離です。中性子は電子と相互作用しないため、この定義は当てはまりません。
  • 線エネルギー付与 (LET)
    • 使えない。LETも荷電粒子が、通り道にどれだけエネルギーを与えたかを示す量です。中性子(非荷電粒子)には定義されません。

✔ では、中性子にはどの「量」を使うのか?

  1. カーマ
    • 中性子は、原子核に衝突して、その原子核(例: 水素の原子核=陽子)をはじき飛ばします。このはじき飛ばされた陽子は荷電粒子であるため、ここから二次的に電離が起こります。 カーマとは、中性子のような非荷電粒子が、物質に衝突して「新たに生み出した荷電粒子に、どれだけ運動エネルギーを与えたか」を示す量です。中性子による線量評価の第一段階として、非常に重要な量です。
  2. 質量エネルギー吸収係数
    • これは、放射線(X線、γ線、中性子など)が物質を通過する際に、どれくらいの割合でエネルギーが吸収されるかを示す「吸収のしやすさ」を表す係数です。これは非荷電粒子全般に定義されるため、中性子にも当然定義されます。

✔ 各選択肢について

1. 飛程

  • 誤り
  • 荷電粒子に定義される量です。

2.カーマ

  • 正解
  • 中性子のような非荷電粒子が、物質に衝突して生み出した荷電粒子に与えた運動エネルギーを示す量です。

3.照射線量

  • 誤り
  • 中性子は直接電離を起こさないため、電離量(電荷)を基準とする照射線量は定義できません。

4.線エネルギー付与

  • 誤り
  • 荷電粒子に定義される量です。

5.質量エネルギー吸収係数

  • 正解
  • 中性子が物質にエネルギーを与える割合を示す係数として定義されます。

出題者の“声”

この問題の狙いは、「中性子は非荷電粒子である」という一点に尽きる。この大原則さえ分かっておれば、全ての選択肢が解けるように作ってある。

  • 非荷電粒子だから → 電子と相互作用しない → 照射線量、飛程、LETは使えない
  • 原子核と相互作用し、二次的に荷電粒子(陽子など)を生み出す → そのエネルギーを測るカーマが使える

学生が最も混乱するのが、「照射線量」と「カーマ」の違いじゃ。「照射線量」はX線・γ線専用の古い概念、「カーマ」はX線・γ線・中性子の全てに使える、より現代的な概念。

この違いを理解しておくことが重要じゃ。


臨床の“目”で読む

ーなぜ放射線技師が中性子の「量」を区別して知る必要があるのか?ー

この知識は、最先端の放射線治療や、高エネルギー装置を扱う際の放射線防護に直結します。

  • BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)の原理
    • BNCTは、中性子の「原子核としか反応しない」性質を究極的に利用した治療法です。がん細胞に取り込ませたホウ素(¹⁰B)の原子核に、中性子をピンポイントで衝突させ、核反応を起こさせます。この治療の線量計算は、まさに中性子のカーマや質量エネルギー吸収係数を基に行われます。
  • 高エネルギーリニアックの遮蔽
    • 高エネルギーX線(10MV以上)で治療を行うと、副作用として中性子が発生します。中性子は鉛(X線遮蔽)では止まりにくいため、治療室の扉や壁には、水素を多く含むコンクリートやポリエチレンが使われます。このような中性子防護の設計・管理においても、カーマという量が用いられます。

今日のまとめ

  1. 放射線の「量」は、粒子の種類(荷電 or 非荷電)によって、定義できるものとできないものがある。
  2. 中性子電荷ゼロのため、軌道電子と相互作用しない(原子核とだけ反応する)。
  3. この性質により、照射線量飛程LETといった「電子との相互作用」を前提とする量は、中性子には定義できない
  4. 中性子に定義できる量は、二次的に生じた荷電粒子へのエネルギー付与を表す「カーマ」や、吸収のしやすさを表す「質量エネルギー吸収係数」である。

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