第77回 午後 67

理工学・放射線科学

IGBT(絶縁ゲート形バイポーラトランジスタ)で誤っているのはどれか。

  1. コレクタ電流の大きさを制御できる。
  2. MOS FETと比較してオン抵抗が小さい。
  3. ゲート、エミッタ及びコレクタの端子を持つ。
  4. MOS FETとトランジスタを組合せた構造である。
  5. バイポーラトランジスタと比較してスイッチング速度が遅い。

出典:厚生労働省公開PDF(令和7年版)


5.バイポーラトランジスタと比較してスイッチング速度が遅い。


解説

この問題は、X線装置やMRIなどに使われる電子部品(半導体スイッチ)の「個性」を理解しているかを問うています。 まず、IGBTを理解するために、その両親にあたる2つの部品を知ることから始めましょう。

✔ IGBTの両親:2種類のトランジスタ

医療機器で「電気をON/OFFするスイッチ」として使われる部品には、大きく2つのタイプがあります。

  1. バイポーラトランジスタ (Bipolar Transistor) 🏋️‍♂️
    • 特徴パワー型(筋肉質)
    • 得意なこと非常に大きな電流を扱うことができる。
    • 苦手なこと動作が遅い。電気を流すために「電流」で制御する必要があり、扱いが少し難しい。
  2. MOS FET 🏃‍♂️
    • 特徴スピード型(俊足ランナー)
    • 得意なこと超高速でON/OFFを切り替えられる。電気を流すために「電圧」で制御できる(=ON/OFFが非常に簡単)。
    • 苦手なこと大きな電流を扱うのは苦手(非力)。

✔ IGBTとは?:2人のハイブリッドな子供 ⚙️

ここで問題が発生します。「X線装置やリニアックには、大電流を、高速で、簡単にON/OFFできるスイッチが欲しい!

そこで開発されたのが、両者のいいとこ取りをしたハイブリッド部品、IGBT (Insulated Gate Bipolar Transistor)です。

  • Insulated Gate (絶縁ゲート)
    • MOS FETの「簡単な電圧制御」の部分を採用。
  • Bipolar Transistor (バイポーラ)
    • バイポーラトランジスタの「大電流を扱える筋肉質」の部分を採用。

つまり、IGBTは「MOS FETの簡単な操作性で、バイポーラトランジスタ級の大電流を扱える」ように設計された、高性能なスイッチなのです。


✔ 各選択肢について

1. コレクタ電流の大きさを制御できる。

  • 誤り (正しい)
  • MOS FETの「ゲート」部分で、流れる電流(コレクタ電流)のON/OFFや量を簡単に制御できます。

2.MOS FETと比較してオン抵抗が小さい。

  • 誤り (正しい)
  • 「オン抵抗」とは、スイッチがONの時にどれだけエネルギーをロスするか(=どれだけ効率的か)です。IGBTはバイポーラトランジスタの「筋肉質」な部分を持つため、大電流を流す際のロスがMOS FETよりも少なく、効率的です。

3.ゲート、エミッタ及びコレクタの端子を持つ。

  • 誤り (正しい)
  • 制御スイッチである「ゲート」(MOS FET由来)と、電流の通り道である「コレクタ」「エミッタ」(バイポーラトランジスタ由来)の3つの端子を持ちます。

4.MOS FETとトランジスタを組合せた構造である。

  • 誤り (正しい)
  • 解説の通り、両者を組み合わせたハイブリッド構造です。

5.バイポーラトランジスタと比較してスイッチング速度が遅い。

  • 正解 (誤り)
  • IGBTがMOS FETの構造を取り入れた最大の理由の一つが、速度の改善です。 各部品のスイッチング速度を比べると、以下の関係になります。
    • 速いMOS FET (俊足ランナー) ⚡️⚡️⚡️
    • 中間IGBT (ハイブリッド) ⚡️⚡️
    • 遅いバイポーラトランジスタ (筋肉質) ⚡️
  • したがって、IGBTは「バイポーラトランジスタよりも速い」が正解です。

出題者の“声”

この問題の狙いは、「各スイッチ素子の得意・不得意を、比較しながら整理できているか」を問うことにある。

名前や構造を丸暗記するのではなく、「なぜIGBTが生まれたのか?」をストーリーで理解するのがコツじゃ。

  • バイポーラパワーはあるが、遅い。
  • MOS FET速いが、パワーがない。
  • IGBTパワーと速度を両立させたいいとこ取り。

このトレードオフの関係さえ分かっていれば、5番の選択肢がウソであることは一目瞭然じゃ。


臨床の“目”で読む

ーなぜ放射線技師が「IGBT」を知る必要があるのか?ー

このIGBTという部品は、私たちが毎日使っている医療機器の心臓部で、まさに「大電流」を「高速」に制御するために使われています。

  • X線高電圧装置(インバータ)
    • 現在のX線装置が、昔に比べて小型・軽量・高効率なのは、インバータという回路でIGBTが活躍しているからです。IGBTが高速でON/OFFすることで、安定した高電圧を効率よく作り出しています。
  • 放射線治療装置(リニアック)
    • 高エネルギーX線ビームをミリ秒単位でON/OFFする高精度なパルス制御や、電子を加速させるための大電力制御に、IGBTの高速・大電力スイッチング性能が不可欠です。
  • CTやMRIの電源部
    • 大電流を安定的に、かつ精密に制御する必要があるCTやMRIの電源システムにおいても、IGBTは中核的な部品として使用されています。

今日のまとめ

  1. IGBTは、MOS FET(速い・簡単)とバイポーラトランジスタ(強い・大電流)のハイブリッド部品。
  2. 「電圧」で簡単に制御でき、「大電流」を扱える「いいとこ取り」のスイッチ。
  3. スイッチング速度は、MOS FET > IGBT > バイポーラ の順。
  4. X線装置のインバータやリニアックの電源部など、医療機器の心臓部で活躍している

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